背景——「上場」と「資金調達」を切り分けるという選択
Advasa Holdings, Inc.(Nasdaq: ADBT)は、東京に本社を置く日本子会社株式会社ADVASAを通じて事業を展開するフィンテック・ペイメント持株会社である。従業員がすでに働いた分の賃金を給料日前に受け取ることができる給与前払い(Earned Wage Access/EWA)プラットフォーム「FUKUPE」を運営し、グローバルな特許戦略と、主要な人事・給与システムおよび決済インフラとの連携を基盤に、金融包摂のニーズが急速に高まるインドネシアやUAEをはじめとする海外市場への展開を計画している。
2025年末以降、米国の新規上場市場は小型・クロスボーダー案件に対して事実上閉ざされた状態が続いていた。従来型の公募IPOでは、上場と資金調達が、引受証券会社の決める価格のもとで同時に行われる。この市場環境では、従来の窓が開くのを待つこと自体が経営上のコストになる。
Advasaが選んだのは、この二つを切り分けるダイレクトリスティング(直接上場)だった。まず上場し、公開市場に価格形成と取引実績を委ねたうえで、フォローオン、私募、戦略的資本提携のいずれを、いつ、どのような条件で行うかを、会社自身のタイミングと判断で決める——2018年のSpotify以降、Coinbase、Roblox、Warby Parkerといった米国の大型企業が採用してきた手法である。しかし、日本に主要事業基盤を持つ企業がNasdaqでこれを実行した前例は存在しなかった。
課題——日本企業に前例のない上場構造
ダイレクトリスティングには引受証券会社による配分(アロケーション)が存在しない。公募IPOであれば引受プロセスが担う機能——初値形成、流通株式(フロート)の確保、投資家への情報浸透——を、すべて発行体側で意識的に設計する必要がある。米国大型案件の先例はあるものの、日本企業への適用は文字通りの初挑戦だった。
Form S-1によるリセール登録
本件は、新株発行や上場時の資金調達を行わず、既存株主の保有株式をForm S-1に基づき登録して市場流通させる方式で実施された。既存株主構成の整理、登録対象株式のポジショニング、ロックアップや転売制限との整合——公募IPOとは異なる論点を、SpotifyやCoinbaseなど米国先行事例の規制上の取り扱いまで遡って分析し、一つひとつ設計する必要があった。
Nasdaq上場基準への適合——株主分布要件の立証
引受による配分がないため、Nasdaq Global Marketの上場基準が求める株主分布(ラウンドロット株主数)を、既存株主ベースで立証しなければならない。複数の証券会社・名義書換代理人をまたぐ株主情報の集計と証明は、ダイレクトリスティング特有の実務であり、本件でも最も労力を要した工程の一つとなった。
タイトな規制スケジュール
財務諸表の有効期限(Regulation S-X)を見据え、SEC審査の完了、Nasdaqの上場承認、取引開始までを連続して完了させる必要があった。登録届出書は2026年8月11日に効力が発生し、8月25日に取引開始——審査当局・取引所・各サービスプロバイダーの間で、逆算されたスケジュールを一体で管理した。
日米をまたぐ取引・決済環境の整備
上場日に市場が機能するためには、株式が実際に取引可能な状態になっていなければならない。名義書換代理人から証券会社への株式移管、決済経路の確認、日本の証券会社経由の注文が米国の新規上場銘柄に届く取引環境の確認——クロスボーダー案件ならではの「配管」の整備が、取引開始日まで続いた。
Spirit Advisorsの役割——ストラクチャリングから上場まで
Spirit Advisorsは、IPOアドバイザーおよび戦略アドバイザーとして、ストラクチャリングから上場までAdvasaの経営陣を一貫して支援し、同社の証券弁護士、監査法人、財務アドバイザー、名義書換代理人と連携して案件を推進した。
上場ストラクチャーの設計
米国持株会社の組成と株式交換による上場主体のストラクチャリング。日本の事業会社を傘下に持つ米国ホールディングス構造により、Form S-1(米国内国発行体としての登録)でのダイレクトリスティングを可能にした。
US GAAP・PCAOB監査の統括
米国会計基準(U.S. GAAP)に基づく財務諸表の作成体制の構築と、PCAOB登録監査法人による監査・レビューの統括。財務諸表の有効期限から逆算した監査スケジュールの管理を含む。
Form S-1の作成とSEC審査対応
登録届出書のドラフティング、SECコメントへの対応、修正届出の管理、効力発生までの審査プロセスの推進。ダイレクトリスティング特有の開示論点を、米国先行事例の分析を踏まえて整理した。
Nasdaq上場プロセスと流動性インフラ
上場申請から株主分布要件の集計・立証、取引所との調整まで。あわせて、名義書換代理人から証券会社への株式移管、決済経路の整備、日本の証券会社経由での取引環境の確認など、取引開始日に市場が機能するためのインフラ構築を主導した。
結果——「第二の道筋」の実証
Advasaの普通株式は2026年8月25日、Nasdaq Global Marketで取引を開始した。取引開始価格は1株当たり12.00米ドル、発行済株式数4億8,706万5,702株を基に算出すると、取引開始時点の時価総額は約9,293億円(約58.4億米ドル、159円/USD換算)となる。新株発行を伴わない方式のため、上場時に既存株主の希薄化は生じていない。
本件は、日本に主要な事業基盤を持つ企業として初のNasdaqダイレクトリスティングである。2026年のPayPayによる大型上場に続き、Advasaは米国市場へのもう一つの選択肢——成長企業が一定の規模を有する公開市場を自社株式に形成しながら、資金調達の時期や手法を上場とは切り離して柔軟に判断する——を示した。
2020年のメディロム(MRM)以来、Spirit Advisorsが切り拓いてきた日本企業の米国上場は、マイクロキャップのIPOから始まり、NYSE American初の日本企業上場(LogProStyle)、TSE上場企業のカーブアウト(TEN Holdings)、ケイマン持株会社構造(BloomZ)と、構造の選択肢を広げてきた。Advasaのダイレクトリスティングは、その延長線上にある新たなマイルストーンである。日本企業の米国上場は、いまや「上場できるか」ではなく、「どの構造で、どの規模で、いつ上場するか」を選ぶ段階に入った。IPO、ダイレクトリスティング、上場後の資金調達を戦略的に組み合わせる日本企業は、今後さらに増えていくと考えられる。
ディールチーム
| 役割 | 企業名 |
|---|---|
| IPOアドバイザー・戦略アドバイザー | Spirit Advisors LLC |
| 財務アドバイザー | WestPark Capital, Inc. |
| 証券弁護士(発行体側) | Anthony, Linder & Cacomanolis, PLLC |
| 監査法人 | ※確認中 |
| 名義書換代理人 | VStock Transfer, LLC |